タイラギの足糸


2012.04.30[追加 2012.05.02]

 デパートの鮮魚売り場でタイラギ Atrina pectinata を売っていました。たまたま倉谷うらら先生が書かれた記事の中で「タイラギの足糸はとても美しく、昔この足糸の繊維から織物が造られていた」という旨を読んだ後だったので、思わず買って帰り、貝柱はお刺身で、ヒモとワタは茹でて美味しくいただいた後に、足糸を色々いじってみました。

撮影日:2012.04.26-28
殻の長さは20cm弱あります。殻の表面に虹色の輝きが少しあって、意外ときれいです。殻の表面は平滑なので無鱗型になります。殻の横からハミ出しているのが足糸です。

*近年になって、タイラギは殻の表面が平滑なもの(無鱗型)と鱗状の突起があるもの(有隣型)の2種に分けられました。ただし、学名や和名はまだ確定していないようです。和名については無鱗型をタイラギ・有隣型をリシケタイラギ、無鱗型をズベタイラギ・有隣型をタイラギ、という2通りの呼び名があるようです。なお、このページで使用した学名は2種に分けられる前のものです。
取り出した足糸です。貝は3枚組だったので3束あります。全体的に黒っぽく、端っこなど所々茶色っぽくなっています。貝の肉の中にあった部分はまだ糸になりきってなく、繊維状の肉のような感じです(矢印の範囲)。試しに1束を熱湯に浸けたところ、この部分は熱で縮みましたが、他の部分は変化がありませんでした(一番下)。
水の中に浸けて洗っているところの写真です。黒っぽい中にもうっすらと茶色くコーティングがされているような色合いです。なお、当たり前というか、足糸にはたくさんの砂粒や貝殻片が絡まっていた(足糸を砂泥の中に張り巡らせて体を安定させる)ので、それを取り除くのが大変でした。
陰干しして生乾き状態のものです。この部分は栗色や濃い金髪の髪の毛のような感じですが、人間の髪の毛よりもずっと細く繊細で、なかなか美しい繊維といえましょう。これだけで見ると、とても貝が作ったものとは思えないですね。ま、動物性の繊維なので絹と同様なものと考えれば良いのかな、と。ちなみに、英語では足糸から造った繊維を sea silk と呼ぶようです(Wikipediaを参照)。
あらかた乾いたところで、残った砂粒等を取り除きながら手で根気よくほぐしていったところ、ちょっとすべすべした、芯がありつつも柔らかい手触りの「毛玉」のような状態になりました(これで3束分)。
ほぐした足糸の繊維の拡大。わずかに緑がかった茶色の光沢のある繊維です。きれいなものですね。
人間の髪の毛(私のですが)と細さを比べてみました。上が足糸の繊維、下が髪の毛です。見た感じでは髪の毛の1/3程の細さです。
繊維の微妙な色合いをなんとか写真に残せないかと悪戦苦闘してみたのがこの写真です。まぁコンデジの限界といったところでしょうか。でも、きれいですよね。基本的には茶色で、少し金色の部分も混じり、陽に透かしてみるとうっすら緑っぽくも見える、という感じです。また、乾かしても微妙にしっとりとした手触りがあります。保湿性があるのかもしれません。なお、臭気はほとんど無く,うっすらと磯臭いかな、という程度です。これならなんとか糸が紡げるかもしれません。
ところで、Wikipediaに「レモンジュースで処理すると金色になる」という記述がありました。そこで早速、繊維の一部をレモン汁に数分間浸けてみたところ、なるほど、金色かどうかはともかく、それっぽい色になりました。写真は元の繊維(右側)と並べたところです。色の違いが良く分かります。
レモン汁処理した繊維を拡大したところ(左写真)と電灯の光にかざしてみたもの(右写真)です。電灯の光にかざすと「金色」に見えますね。

ちなみに普通の醸造酢でやってみたところ、少し色が薄くなった程度で金色にはなりませんでした。金色になるのは酸の効果だけではなく、レモン汁の何か他の成分も効いているようです。

[追加 2012.05.02]
レモン汁の主成分であるクエン酸で試したところ、レモン汁とは微妙に色合いが異なるものの、今度は金色になりました! つまり酸の種類によるということですね(酢の成分は酢酸)。こうなるとレモン汁に含まれるビタミンC(アスコルビン酸)でも試したいところですが、残念ながら手元にありません。ちなみに重曹(炭酸水素ナトリウム:水溶液は弱アルカリ性)では変化がありませんでした。

 冒頭にリンクした記事Wikipediaのとおり、昔は(主に西欧で)この足糸の繊維を使って手袋といった高級な織物が造られていたそうです。しかし、この「繊維」をどうやって糸に紡いで織っていたのかは不明です。短くてちょっと硬めの繊維なので、縒りの掛け方とかにかなり特殊な技術が要りそうです。それにしても貝の繊維から造られた織物、見てみたいですね。着け心地はどんな感じなのかなぁ...


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